今年の「シモキタボイス」が閉幕して、三日ほど経った。
しかしいまだにワクワクが体から抜けなくて、不思議な感じです。 個人的に、なんだか昨年よりも終わったあとの感動が大きい。 それは、今年は時間がないにもかかわらず自分の果たすべき役割が大きかったので、「ああーよくやったな」って思ったっていう(笑)、個人的な事情にもよるんだと思う。 けど、今年のイベントは全体としてすごくアットホームなもので、幸せなオーラが立ち込めていた。 とりわけ最終日のライブは、スタッフをやりながらなのでじっくり聞けたわけではないけれど、すごく幸福な時間だった。 それは、たくさんのミュージシャンが下北沢のために心をこめて演奏をし、その場に集った人々を勇気づける瞬間の持続だったように思う。 主催者なのにこんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど、この日「なぜ再開発反対のために音楽ライブをやるのか」ということの意味が、わかった気がする。 その場を楽園にするような、自由で明るく、でもそれでいてアットホームな、穏やかな時間だったからだ。 ジンタらムータの演奏では、ちょうど最後から二曲目あたりで、会場内をバタバタしながら足を止めて聞き入り、感極まって泣きそうになってしまった。 二日目は、普段から尊敬している人や好きな人が下北沢に来てくれていろいろと話をして、帰っていくということ自体の熱量に、痺れました。 (実はこの日非常にバタバタしていてシンポジウムの内容をほとんど把握できていないので、後日映像でチェックしようと思います。) 昨年の「シモキタボイス」のシンポジウムで曽我部恵一さんが次のような言葉をおっしゃっていた。 俺は、勝手にやっていくということが本当に大事だと思う。何が起こっているかという事態を知っているけれど、それでも「自由にやっているよ」と言えることが重要です。 この言葉は、私にすごくしっくりくる。 私は自分が出たシンポでずいぶん「権力への対抗だけを核にしては運動は成り立たない」と言ったので政治嫌いのように思われたかもしれないが、政治は好きとか嫌いとかではなくて、そこにまぎれもなくあるものだと思う。 何が起こっているかを漠然と知りながら、それをめぐって歌ったり、しゃべったり、集まったりすること、そしてそのこと自体が熱を帯びたものになること。 今回の「シモキタボイス」はまさしく、曽我部さんの言葉を体現するものになったように思います。 わー 長くなってしまいました。 今年も「制作日誌」にお付き合いくださったみなさま、ありがとうございました。 by shimo_voice | 2008-09-04 08:38
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