運動を語る、大荒れの予感

私の担当している13日のシンポでは、仲俣暁生さん、曽我部恵一さん、motherの山崎千鶴子さん、という下北沢メンバーに加えて、外部者の視点としてcharlieこと鈴木謙介さんに登場してもらい、下北沢から「運動とは?」を考えることが狙い。

のはずだったのだが…

先日曽我部恵一さんと打ち合わせをして、びっくりするようなことがわかってしまった。
曽我部さんに「運動に参加するきっかけってどんなものでしたか?」とたずねたら、なんと曽我部さんは「おれは運動に参加はしてないよ。手伝いはするけれど…」と答えたのだ。

曽我部さんは、この問題が明るみになった直後にわざわざSave the 下北沢に連絡を取り、さらには再開発問題をテーマにフルアルバムを出し、アーティストの運動体「Sound of Shimokitazawa」の第一弾としてリリースしている。
だから、私はてっきり彼は「運動をしている」という意識なのだと思っていたけれど、「そんなことはないよ、ふだんの活動からなんの垣根も越えてないよ。」と言われてしまった。

そう言われてはたと考えてみると、仲俣さんともこの間なんどかお会いして話したが、彼も「自分は運動の外部にいて、運動をウォッチしている。」というスタンスをとっておられる。
でも、仲俣さんは東浩紀さんとの対談の中でも下北沢サイドの感覚を表明しておられるし、だいいちSaveのメーリングリストにだって入っている。行政訴訟の原告でもある。
だから、運動のインサイダーであるといえなくもないと思うけれど、ご本人に「運動の当事者ですか?」とたずねたら、否定されるであろう。

ようするに、当初は鈴木謙介さんだけを外部者として想定していたけれど、当事者意識があるのは山崎さんと私だけ、ということになってしまった。
これはやばい。

ちょっと関係ないけれど、こないだゴダールの「アワーミュージック」を映画館で見た。
めっちゃくちゃおもしろかったのだが、何がよかったって、「現場にいる人間には言葉が語れない」というセリフ。
行動と言語って乖離していてどちらかしか出来ないのは、仕方ないことなんだよ、いろんな人がそれで悩んできたんだよ、とゴダールが私にやさしく諭しているような気がして、ちょっと泣いた。

実はこの一年くらい、下北沢をつうじて考えていることをみんなに伝えたくて、ブログまで作ったりして努力はしてみたけれど、どうもさっぱりうまくいかない。
のどの頭まで出掛かっているけれど、出てこないのだ。

最近下北沢の運動が、「高円寺みたいにもっと面白くやれ!!」だの「もっと真剣にやれ!!」だのと言われたりしているけれど、正直なんか悔しい。
この数年、街の中に身を置いて人々の動きや行政の感触などを知りながらやってきた身としては、「とはいってもどうしようもなかった。」という思いで悔しくなってしまう。

たぶん、多くの人は、「じゃあ、どうだったんだよ??」と聞きたいんだろう。
そして、それを私もうまく伝えたい。
けど、言葉が出てこないんです。

そんな自分にケリをつけるため、13日は、圧倒的マイノリティーである「運動当事者」として、私が語れるような日にしたい。
外部的視点とともに、確かな言葉を持っているパネリストの人たちに、負けないような言葉が私に語れるんだろうか。

(このブログ、自分で自分の首を絞めてないか?)

下北沢で、運動を語る―『再開発反対』のいま

13日(月)午後4時半~6時
パネリスト:鈴木謙介/仲俣暁生/曽我部恵一/山崎千鶴子(mother)
司会:久山めぐみ

(この日は7時半から曽我部さんがライブをしてくださいます。志田歩さん、あがた森魚さんとのジョイント。そちらも来てね。)
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by shimo_voice | 2007-08-05 04:47


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